気まぐれ日記 02年6月

02年5月の分はここ

6月1日(土)「記憶喪失・・・の風さん」
 覚悟を決めて胃の内視鏡検査を受けに行って来た。
 8年前、会社の定期健診の再検査でひどい目に遭って以来、バリウムは拒否してきた。たまたま今年1月、人間ドックを受けたことから「胃にポリープの疑い」と診断され、精密検査を延び延びにしていたものだ。
 知人に見つけてもらった専門病院へ出かけた。事前にホームページでも確認してあり、恐らく苦痛の少ない検査を受けられるだろう、と期待していた。
 病院までは、車で1時間である。比較的大きな専門病院で、9時に着いたが、既に駐車場はかなり埋まっていた。初診の受付を済ませ、事前の血圧検査のあと、問診票に基づき医師の診察をカウンセラーを受けた。問診票に言いたいことをびっしり書いておいたので、「じゃ、鎮静剤を使用して内視鏡検査をしましょう」と、内視鏡検査室へ直行となった。
 そこは年初人間ドックを受けた医師会センターと似て、順番を待つ患者らが流れ作業で検査を受けていた。昔の重苦しい病院での検査といったイメージはない。医師だけでなく、看護婦や看護士らもインフォームドコンセントならびに、患者の取り間違いなどないように、徹底してマニュアル通りにてきぱきと作業していた。だから、患者の方も、自分だけ説明が少ないとか多過ぎるとかいうこともなく、素直に「はい」とか「いいえ」でスムーズに流れていく。ただ、あまりにも機械的であり、かつ衆人環視の中で処理されているので、プライバシーといった点で、課題は残されていると思った。
 貫頭衣みたいな検査服に着替えて順番を待っていた。最初は、胃の中をきれいにする薬を飲まされた。続いて、唾液を抑えるための筋肉注射というのがあるのだが、かつて緑内障を患ったことのある私はパスということで、楽だった(この筋肉注射は痛いらしい)。それから、喉の麻酔のために喉の奥へスプレーを吹きかけられる。鎮静剤を利用しない人は、さらにゼリー状の麻酔薬を5分間含んでおき、その後それを飲み下す。見ていると、鎮静剤を利用する患者の方が圧倒的に多い。誰でも検査は楽な方がいいのだ。
 いよいよ呼ばれて中へ入ると、年配の看護婦さんがいて、ベッドに寝かせられ、マウスピースをくわえた状態で、左腕に鎮静剤を打たれた。静脈注射である。「大きく深呼吸してください」と言われているうちにすぐ意識が遠ざかった。
 終わってから声をかけられ、車椅子でベッドルームへ移動させられたのだが、検査中は苦痛だった記憶がかすかにある。嘔吐感と腹部の痛みである。うーん、と唸ったような気がする。
 確かに自分で車椅子に腰掛け、廊下を押されてベッドルームへ移動したはずなのだが、その記憶もやがて消えた。
 1時間程度休んで検査は終了するのだが、何となく目覚めても起きる気になれず、名前を呼ばれて体を起こしたときには、約2時間半が経過していた。近くのベッドに横たわっていた人も、かなり時間オーバーで、おまけにいびきをかいていた。たっぷり寝たはずだが、舌がもつれていたし、まだ意識はシャキッとしていなかった。そして、検査前後の記憶をたどろうとするのだが、ひどくあいまいで、はたして検査は楽だったと言えるのか、判断しかねた。
 とはいえ、とにかく検査は終了したのだ。
 やはり組織も採取されたそうで、検査結果は1週間以降来院して確認することになる。問診表の中に、問題があった場合の検査結果の告知はどうしますか、というのがあり、私は、迷うことなく「本人にも家族にも知らせて欲しい」にチェックマークを入れた。余命が限られてしまった場合、有意義に過ごせるかどうかは、病名を知っていないよりも知っている方が断然有利だ、と考えているからだ。
 遅い昼食後、愛知県図書館へ行き、借りている本の継続処理と、資料調査をした。うまい具合に調べたいことが判明して良かった。おまけにコピーもとった。
 さらに帰路、パソコンショップに寄って、ノートパソコン用のパッド(長時間キーを叩き続けると掌が痛くなるので、その対策)を購入し、安心しきってしまい、ガソリンスタンドで給油するのを忘れた。またボケ症候群か、あるいは鎮静剤の効果がまだ残っていたのか・・・なわけないない。

6月8日(土)「心こそスリムに・・・の風さん」
 以前から自分で自分の首を絞めている傾向はあった。性格というか気質というか、そういう人間なのだろう。もしかするとマゾかもしれぬ。
 いよいよ執筆が追い込まれてきたので、またまた目をつぶって書かねばならない。要するに、史料を見ないで物語を書くのである。これが何ともつらい。しかし、いつも通りに史料を読み出すと、もう一歩も先へ進まなくなる。恐らく記憶力が悪いために、覚える先から忘れていく。おまけに、調べているとどんどん課題を見つけてしまうので、調査範囲は果てしなく広がってしまう。たとえ理解しても、それを書くことは小説の目的ではない。結局、時代背景を正確に認識できたということである(もちろん、これはこれでとても大切なことだ)。だが、この作業を続けていると、すぐに小説の目的を見失って趣味の世界に入り込んでしまうのである。
 と反省しつつ、ネットで注文した参考図書が「品切れ」というメールがさっき届いた。残念である。図書館で探さねばならない。短編の素材になりそうなのだ。
 今日から長女と二人、正式に久田流の茶道に入門した。毎日数分、正座の練習をしてきた私でも、長時間はつらかった。今日は和菓子をいただいただけではなく、袱紗の扱い方を教えてもらった。次回からお釜の前に座ることになる。ぐうたら風さんが、しゃきっと点前が出来るようになったら、時代小説家でもあるし、きっとカッコいいだろうなあ。と思うので、耐えられる。むしろ楽しみでさえある。・・・が、長女にとっては、今は苦痛以外の何物でもない。父として、いつか興味を抱いてくれることを期待している。やはり、自分はともかく、長女がお釜の前で楚々と点前ができたら、このボケ親父はきっと涙ぐむに違いない。
 長女の愚痴を聞きながら帰宅し、落ち込んだ気持ちを抱いたまま、トレーニングに出かけた。なぜか体重が落ちていて、トレーニング後の肥満度は−0.4%で、体脂肪率は18.7%と過去最低値を記録した。目標が19プラスマイナス1%なので、希望が出てきた。
 先週の胃カメラの結果は出ているはずだが、多忙のため、来週月曜日の夕方確認に行く。
 いろいろと悩みが多いが、肉体のようにトレーニングで心がスリムになれれば、きっと楽になれるだろうなあと思う。

6月9日(日)「風さんサポーターになるの巻」
 プロ野球セリーグが久しぶりに面白い。なぜかというと、阪神が首位を走っているからだ。実は、風さんはダメ阪神がたまに調子が良くなると応援するのである。弱いときはからきし意気地がねえ阪神。まるでおぼっちゃま集団なのだが、調子に乗ると優勝してしまう。この能天気というか日本の平和の象徴みたいな阪神が好きである。
 似ているのが、我が母校である。甲子園出場が決まると、「みちのくの古豪」なんてキャッチフレーズで紹介される。なにしろ第1回大会で準優勝しているのだ。ところが近年のお金をかけた科学野球の中では、とても伝統の力だけでは勝ち進めない。たまに甲子園に出ても、実に潔く敗退する。負けても応援団含めて相手チームの勝利を讃えるのは、我が母校くらいであろう。それでも、古いOBの私は、甲子園まで出かけていってアルプススタンドで応援したりする。
 今は、サッカー、ワールドカップである。多忙な風さんは興奮しているヒマはなかった・・・のだが、会社の知人に、つい乗せられてしまった。先日のベルギー戦を応援してしまったのが運のつき。日本チームは実に応援しがいのあるチームである。中田英寿を中心として存在感のある選手がそろっている。しかも、トルシエ監督の4年がかりの育成が見事に花開いて、内弁慶でない、国際試合に通用する技術と経験を備えている。
 日産を立て直したゴーン社長もフランス人である。今取り組んでいる幕末に目を向けても、幕府の依頼で横須賀造船所を建設し始め、明治政府に引き継がれてもその任を全うしたのは、フランス人のヴェルニーである。国際化を迎えるときは外国人の力を必要とする。サッカーも、まさにそういう局面だったのだろう。
 今夜のロシア戦も堂々たる戦いっぷりだった。1−0というのは僅差だが、内容はもっと大きな隔たりがあった。決してホームランドの有利さではない。ぜひ決勝トーナメントまで進んでほしい。

6月10日(月)「キノコは良性だった・・・の風さん」
 昨夜は勝利の美酒に酔う人が多かったのだろうか。街中がいやに空いていた。
 胃の内視鏡検査の結果を聞いてきた。ポリープは良性で心配なし、とのことだった。
 院長と私の間くらいにパソコンのディスプレイがあり、磁気カードになっている私の診察券をカードリーダーにスリットすると、胃カメラで撮影した画像が大きく映し出された。私のパソコンなら色々な女性とのツーショット画像が並ぶのだが、ここでは、色気もない私の胃の内部画像である。しかし、いちおうピンク色できれいである。ポリープは胃の左上部上から3分の1くらいの位置にあるそうで、確かにキノコ状のかわいい奴だ、いや、かわいくないかわいくない。「切り取ったのですか」と尋ねると、「いいえ。心配ありませんから」ということで、仲良くしろ、ということらしい。
 院長がクリックすると、サムネイル画像みたいにたくさん並んだ。適当に選んでクリックすると拡大される。食道から胃への入り口になっている噴門が表示された(ちなみに胃から十二指腸へ入るところが幽門)。「ここが開いていますから、胸焼けすることがあるんじゃないですか」「いいえ」私の噴門はしまりなく開いていて、どうやら胃の内容物が逆流しかねない構造らしい。ふん。余計なお世話だ(ポリープが悪性でないと分かると急に強気に出る風さん)。
「ところで、肺も精密検査が必要という人間ドックの結果だったのですが・・・」「あ。こんなところに。そうか。忘れていました。じゃ、次回肺のCTを撮りましょう」
 胃の次は肺、ということになってしまった。
 結果はすぐに家へ電話した。長女は横で聞いていたらしい。長男と次女には何も話していなかったので、キノコ事件は関係なし。はたして長女に何か考えさせることができたろうか。分からない。

6月13日(木)「もろびとこぞりて・・・の風さん」
 帰宅して食事してから、何年ぶりかで夜のトレーニングに出かけた。体育館の駐車場で車上荒らしにやられて以来かもしれない。この4月にオープンした隣の図書館は夜も開館しているので、昼間よりも賑わっている。田舎の小さな町の体育館と図書館なのに、町民のほとんどが押し寄せているのだろうか。ま、いずれにせよ、夜間営業はコンビニに限らず当たるらしい。
 週に1回のトレーニングでは、体力UPはもちろん、維持も困難である。昨日から、どうも体調が不快である。だいたい、会社に行っても、会議か自席に座ってパソコンと格闘している毎日だから、これで健康だったら化け物だ。まして、冗談で「私は初老でボケ始めました」と言っていたら、本当にボケが進んでしまうのだから恐ろしい。
 とにかく、休日のトレーニングよりメニューを減らして、何とか硬直した体がほぐれた。食後だったので、体重は多目だったが、体脂肪率は17.5%と過去最低値を記録した。これなら、目標の19プラスマイナス1%(つまり20%以下)は夢ではない。
 トレーニングを終えて体育館を出ると、来たときよりも駐車場の車が増えている。今度は、駐車場の車上荒らしよりも、住宅地の空き巣狙いが心配になる。

6月14日(金)「ニッポン、ちゃちゃちゃ・・・の風さん」
 会社では今日は有休が多い。午後だけ休みもいるし、フレックスで早めに退社も。私は、と言うと、午後は出張。ポートメッセなごやに「ものづくりワールド2002」(だったかな?)展示会を見学に出かけた。目的は、サッカー観戦ではない。仕事、仕事、仕事。空いた伊勢湾岸道路をコルサで時速100キロで爆走して到着。時刻は、キックオフの3時半直前だった。
 前もってネット登録してあったので、スムーズに会場へ。見学慣れしている風さんは手ぶらで歩く。疲れないように、ときどき座ってプレゼンを聞く。やはり場内は空いている。まともな日本人なら、こんなところにいるはずはない。ここにいるのは非国民か国賊であろう。興味のあったSCADAソフトの解説を聞いているときに、すぐ近くで歓声が上った。「ごめん。こんなことをしている場合ではない」場内にたった1台のテレビの前に人が集まっていた。森島のゴールだった。
 やはり、ここも日本だった。オリンピックでもこれほど盛り上がらなくなった日本が、今、熱くなっている。愛国心など忘れてしまった国民が、国旗を顔にペイントし、「ニッポン。ニッポン」と連呼する。昨年は待望の赤ちゃんが雅子さまに誕生したのに(報道自粛のせいか)ベビーブームが起こらなかったどころか、また最低の出生率を更新だ。経済効果はゼロ。それなのに、このワールドカップ・サッカーで、まるでサッカーが国技ででもあったかのような盛り上がりだ。日本はブルーカラーで染められ、経済効果は間違いない。
 閉場の少し前に出て、再び高速を飛ばしていると、中田英寿のヘディング・シュートで2点目が入った。
 2勝1分勝ち点7、日本は予選リーグH組をトップで通過。決勝トーナメントはトルコが相手である。風さんもブルーのユニフォームが欲しくなった。

6月15日(土)「新鷹会よみがえる・・・の風さん」
 新鷹会の勉強会に参加するようになって、もうかれこれ14年になる。長谷川伸先生が御存命のころは、港区白金台二本榎の自宅で毎月開催されていた。明治学院大学の対面(といめん)である。私のこの14年の経験でも初めてのことがあった。この長谷川邸で勉強会が行われたのだ。
 集まったのは最近の常連であるが、かつてここに集った経験があるのは、野村敏雄先生と若かりし頃の二階堂玲太さんだけ。訪れた経験だけあるのは、私他ほんの一握りで、ほとんど訪れるのも初めてなのである。長谷川先生の御遺志と新鷹会の伝統を後世へ伝えるためには、年に一度は続けるべきではないだろうか。それは、長谷川伸の会がある6月がふさわしい。
 予定の1時間前に到着した私は、申し込んでおいた書庫の閲覧をさせてもらった。ここには長谷川先生の蔵書が1万冊以上もあり、歴史を題材にした小説、戯曲、評論を書かれていた先生だけに、私にとっては垂涎の的となる資料が多い。今日は、今執筆中の小説に関係のある本を3冊借りてきた。
 勉強会では3本の小説の朗読があり、今更ながら会員の勢いを感じる。それに比べて私はいったい何をしているのか。それぞれの作品に対して多少の意見は述べられるものの、こうすべきといった明確な提案ができない。と言うことは、私の意見などとるにたらぬ愚見だということだ。多くの諸先輩は、こういうとき、目の醒めるような改良案を示されたものだ。戸川幸夫先生の姿が彷彿とする。
 新鷹会のメンバーが「大衆文芸」に掲載した作品で構成された文庫が出版された。『侍たちの歳月』(光文社文庫 724円税別)である。主な執筆者は、平岩弓枝(以下敬称略)、村上元三、池波正太郎、山岡壮八、山手樹一郎らである。続編が出されて、私たちの作品も掲載されるとよいのだが(おっと、私の作品はストックが・・・)。
 今日は、往復の新幹線では読書に専念した。八重洲ブックセンターにも寄ったのだが、ここでは収穫はなし。昼食と夕食は合わせて900円程度と、書生並みの暮らしである。勉強会が終わって皆と別れるとき、「お疲れのようですよ」と言ってくださった方がいる。疲れているのではない。老化と体力低下のダブルパンチに見舞われているのだ。・・・ではあるが、毎日早寝して、出社前、朝5時からの執筆もけっこうつらいものがある。

6月16日(日)「本を紹介・・・の風さん」
 昨日は、『侍たちの歳月』を紹介したので、もう少し別の本も紹介しておこう。
 先週は、鈴木輝一郎さんから本が届いた。昨年のような矢継ぎ早の出版が今年も続くのだろうか。とにかく、これまでの努力と積み重ねが花開いているのだ。今回の本は『三人吉三』(双葉社1800円税別)である。お恥ずかしい話、双葉社がハードカバーを出すことを知らなかった。自分の恥はともかく、今どきハードカバーが出せるというのは、大変なことである。この作品は、「小説推理」に連載されていたもので、まとめるとキャッチコピーの「江戸版 俺たちに明日はない」ということになっている。見事な戦術である。ついでにキャッチコピーが書かれた帯を見ると、白い文字が立体的に浮き上がって見える。これもきっと輝一郎さんの仕業だろう。CGの挿画もあって楽しい。何から何まで工夫の跡が見える。脱帽。ここまで宣伝したので、内容は、皆さん買って読んでください。私は今読んで紹介している余裕がありません。ごめんなさい(開き直るなって!)。
 神田紅さんとの交友エッセイを「大衆文芸」に載せたことは、トップページに書きました。「大衆文芸」は入手が面倒だし、著作権は私のものなので、全文リンクさせてあります。トップページからご覧ください。
 ゴールデンウィークの頃に書き上げた文庫の解説。その文庫が出版された。霧島那智著『水戸光圀政談 黒鍬者謀殺剣』(双葉文庫581円税別)だ。鳴海風としては、初めての解説である。1冊の文庫の解説を書くために、10冊以上の文庫を読むはめになったという、楽しい(?)思い出が残った。この文庫を購入した人が、はたして鳴海風に関心をもってくれるかどうか、興味津々である。本を買ってもらうため、解説をここでは紹介できない。ただ、鳴海風らしい解説だと主張しておこう。
 最後に、今日のトレーニングの結果。血圧は異常なし。肥満度−1.1%で、体脂肪率18.0%。運動後の体重は、今年最低値。やっと1年前のレベルに戻ったようだ。さらに減量していくぞ。え? 無理するなって? おいらは執筆に命をかけているんだい! (と言いつつ、左肩が・・・五十肩になりそうな自覚症状が・・・)

6月18日(火)「トルシエ監督は何を教えたか・・・の風さん」
 午後3時半にパソコンをオフして席を立った。「じゃ、キックオフの時間になったので、お先に失礼」呆然とする部下を尻目に風さんは退社した。
 今朝の雨は上って、空は爽やかに晴れ上がっている。コルサに乗り込んで、久しぶりにサングラスをかけた。
 高校の頃、センバツの予選が始まると、学校側が「全校で応援」と決める前に教室を飛び出していた。野球場に着いたときは「欠席の応援者」である。出欠を取った後だから仕方ない。ええい。そんなこと知るか。空の青さが目に染みた。気持ちよい青春の痛みだ。
 前半の12分過ぎで、早くも1点を失った。放送慣れしたアナウンサーの絶叫や、ブーイングを覚えたサポーターの声援が、何となく気になる。ラジオで聴くより、早くこの目で選手の動きを見たかった。
 日本が押し気味に進めていたらしい前半が終了し、ハーフタイムのときに家に着いた。予定通りだった。0−1がではない。到着時刻だ。着替えてテレビの前に急いだ。ワイフが応援席を作ってくれた。後半が始まった。柿の種をほおばりながらつい手に力が入る。体格を利したプレスが厳しい。ドリブルの足元をたくみに足がボールを奪っていく。たてパスからの速攻が実によく決まる。日本チームのことではない。トルコだ。常に圧倒的な運動量で相手ゴール近くを脅かしているのだが、なかなか日本は点が取れない。なぜだ? たいして器用とも思えないトルコだが、肝心のところを押さえ、攻めに転じると実に速い。横綱相撲をしているのか。
 日本チームは、予選から本当に1戦1戦強くなってきた。経験がこれほどチームを強くするとは思わなかった。トルシエ監督が日頃から言っていることだった。
 90分間、本当に全力を尽くした日本チーム。あと90分あったって、死ぬ気でプレイしたろう。勝利を信じて。
 終わったあとの選手のインタビューを聞いて、トルシエ監督が教えたことが分かった。
「もっと上を目指していましたから」「ベスト16は最低線でした」「これで満足はしていません」「次のワールドカップへ向けて、また頑張ります」どの選手の目も大きく開かれ、力強さがあった。負けても、自信や希望を失っているようには全く見えなかった。
 夢を持って、勝てると信じて、勇気と自信をもって戦うこと。今の日本の若者が見失っているもの、私たちおとなが若者に教えることを怠っていたこと、それを教えていたのだ。
 私も取り組み中の大作に、もう一度、勇気をもってチャレンジしていこう。

6月19日(水)「サッカー後遺症・・・の風さん」
 夕べの韓国の粘りは素晴らしかった。序盤戦ヘディングで1点取られ、ずうっと押し気味なのに同点に追いつけない。サポーターの声援もハイテンションのまま。昼間の日本と酷似した状況が韓国でも展開されていた。このまま不運の敗退になるのかと思われた後半43分。起死回生のシュートが決まって、そのまま延長戦に。延長戦はイタリアとほぼ互角の戦いになった。ただ、主審が何となく韓国に有利な判定をする場面が目立ち、韓国を運命の女神は見捨てなかったようだ。甘いマスクのストライカー安貞桓のヘディングシュートがイタリアの息の根を止めた。呆然とへたり込むイタリアイレブンの姿が印象的だった。11人プラス1人(主審)を相手にした10人(1人退場させられていたから)の善戦も誉められてしかるべきだったろう。
 試合が終了して歓喜に燃え上がる韓国チームとサポーターの姿を見ていて、これが昼間の日本だったらなあ、とうらやましかった。ともあれ、このまま決勝戦は韓国対トルコになって、世界中のサッカーファンを興奮させてほしい。そのとき、日本人はどちらを応援するのだろうか。悩ましい選択になる。
 ところで、安貞桓の決勝シュート後、左手薬指の指輪に口づける姿を見て、「まだ赤ちゃんのときの癖が直っていないのか」と、風さんは指しゃぶりと錯覚したぞ。しかし、カッコいい奴だ。
 今夜も夕食後トレーニングに出かけた。血圧異常なし。体重はまた少し減った。肥満度−1.2%で体脂肪率は19.8%。ぎりぎり20%をクリアした。ふと足元を見ると、もう10年以上履いているシューズが口を開けかけている。このまま放っておくと、底のないシューズになってしまう。近いうちに買い替えよう。

6月23日(日)「よくやった!ちょんまげイルハン・・・の風さん」
 昨日は風さんのシナリオに一歩近づいた試合だった。韓国が強豪スペインに精神力で勝ち、トルコがセネガルを貫禄で押し切った。このまま、準決勝も勝ち進んで、風さんのシナリオ通りに決勝は韓国対トルコ、という具合にはいかないだろう。準決勝は、韓国は世界一のゴールキーパーを擁するドイツであり、トルコは文句なしの優勝候補で圧倒的な得点力を有するブラジルだ。ま、夢をつないでくれただけで、満足としよう。
 それにしても、トルコ対セネガル戦。不調のハカンシュキルに代わって出てきたイルハン。画面に登場した瞬間からヒーローになることを予感させたぞ。おちゃめな女の子みたいなヘアースタイル。敢えて男のものと言うなら、幕末の浪士のちょんまげだ。でも、顔が可愛いから悲壮感はない。とにかく、押しても押しても突破できなかったセネガルのゴールを意外な角度のシュートでねじ込んでくれた。
 もし風さんのシナリオ通りなら、韓国対トルコは、安貞桓対イルハンの美男対決だな。ふふふ。
 週2回は行きたいトレーニングに行ってきた。実は、昨日、久田流の茶道の稽古に一人で行ってきたのだが、2時間近い正座で、膝から下が激しい疲労をした。でも、初めてのお盆点前も経験でき、これからが楽しみになってきた。それで、夕べは早めに寝て疲労を十分にとってから、トレーニングに出かけた・・・はずだった。しかし、トレーニング後半は気分が悪くなるほどだった。まだ、疲労が残っていたのだろう。
 今日から一昨日購入した新しいランニングシューズに変えた。重さを測定してみると、以前のテニスシューズより0.2kgほど軽い0.5kgである。片足で携帯電話1個分も軽くなったのだ。このシューズを買いに行ったとき、スニーカー類がずいぶんと高価になっているので驚いた。ナイキだけでなく、普通のものも1万円ぐらいするのだ。こういったシューズを買ったのは十数年ぶりだったので、浦島太郎みたいなものか。とにかく軽くて、ランニングに適したものを、と選んだので、安いブルックスというブランドに決めた。約4千円である。このシューズの特徴は、軽いだけでなく、中で足の指が自由になる、特に左右からの圧迫がないようにウチワのように開いているのだ。だから、同じサイズの靴よりも外見は大きくなる。履いた自分の姿を鏡に映して見ると、「名探偵コナン」のコナン君みたいだ。
 さて、トレーニング結果。血圧は異常なし。肥満度−2.3%で体脂肪率18.3%だった。ここのところ、体脂肪率は安定して20%を切っている。それはいい。今日の特筆すべきことは、体重である。半年前に肥満度0%を超えかかったのが、−2.3%である。この値は、実に2年前のレベルである(シューズは関係ない)。できれば、筋力トレーニングを積みながら、肥満度は−5%くらいにしたい。

6月25日(火)「12年前の再現か・・・の風さん」
 私が担当するPTAの部会を終えて小学校を出ようとすると、玄関をゴキが走っていた。
 帰宅して執筆の続きをやり、ほどよいタイミングでリビングへ降りていくと、韓国対ドイツの試合は後半の30分近い局面だった。0対0でいい試合をやっているな、と思う間もなくドイツが1点入れた。韓国の執念の粘りもむなしく、ドイツの決勝進出が決まった。
 12年前、私は池内祥三文学奨励賞を受賞した翌朝、家族に見送られて、成田からドイツへ出張した。そのドイツのホテルに滞在中に、当時西ドイツのワールドカップ優勝の瞬間に遭遇した。
 この12年間を振り返れば、実に色々なことがあったと思う。それだけ多くのことを自ら実行し、見聞してきた。とても書ききれることではない。なのに、12年間は、今では一瞬のことのように思う。人生の短さ、人の一生のはかなさを思う。そのわずかの一瞬のことに、人はなぜこうもひたむきになれるのだろうか。
 今朝も、6時前から起きて執筆をしていた。会社から帰ってからでは、疲れていて何もできないからだ。
 それだけ努力しても、本当にわずかしか執筆は進まない。
 肺のCT検査の結果は、2週間後にならないと分からない。
 また、ときどきウィルスメールが来るようになった。
 開幕好調だった阪神が、ついに6連敗である。ダメ阪神、坊ちゃん阪神に逆戻りか。隠れ阪神ファンの風さんは悲しいぞ。
 ゴキの走る速度の速いこと速いこと。

6月26日(水)「美男対決は実現せず・・・の風さん」
 イルハンのヘディングシュートは炸裂せず、結局、トルコはブラジルに負けた。これで、風さんの夢のシナリオ、安貞桓(アンジョンファン)対イルハンの決勝美男対決は実現しなかった。現実は小説よりもきちんとしていた(?)。
 週2回のトレーニングで体調がいい。今日も、帰宅して夕食を食べてから行って来た。今夜はやけに女性が多かった。女性が占領するのは、ランチどきのレストランぐらいにしておいて! 今日の結果は、血圧異常なし、体重はやや戻ったが、肥満度−1.1%で体脂肪率17.3%である。この体脂肪率の値は過去最低値だ。体重も体脂肪率も上下動を繰り返しながら着実に低下している。喜びながら、ふと鏡を見たら、目が落ち窪みかけている。やばい。スリムになって締まった精悍な顔つきになるはずが、やつれて老人顔に・・・(-_-;)。
 毎朝6時から執筆というのは、ちと無理し過ぎか?!

6月29日(土)「ピットイン8分・・・の風さん」
 木曜日の夜、PTA委員会があった。からくも9時に終了し、後片付けも手伝えずに風を巻いて小学校を後にした。
 上京の準備の続きを大慌てでして、9時55分の電車に乗るべく、重たい荷物をぶらさげて徒歩で家を出発した。ワイフは盆踊りの練習に出かけていて、駅まで送ってもらえなかった(涙)。
 1年ぶりに夜行バスで上京した(若いねえ)。少しサービスが低下していたのが気になった。
 東京へ着くと、空腹感があったので、ファストフードの店でサンドイッチとコーヒーの朝食。それから、サウナへ行った。このサウナも若干サービスが低下した感じがした。どこも生き残りのため、コストダウンに躍起なのだろう。が、客商売はサービスを落としてはいけないよ。
 Tシャツからスーツに着替えて、余計な荷物はコインロッカーへ預けて地下鉄へ。目指すは、東大史料編纂所。9時15分開館である。本郷3丁目で降りて、赤門を潜ってすぐ左手にある。前もって郵便で閲覧許可を得ているので、東大関係者でなくても入れるのだ。すぐに目的の史料を出してもらい、さっそく閲覧を開始した。古文書なので、読むのがちょっと骨が折れるが、読んでいるうちに<1級の価値ある史料>であることが判明した。ところが、マイクロフィルムや複写本でないために、コピーが厄介だった。業者へ依頼して撮影してもらうことになるのだ。だから、高い。1枚120円以上で、他に郵送料もかかる。ある部分だけ依頼した。メモできるところは精一杯メモしたが、史料が多いため、また後日、今度はパソコン持参で来なければならない。徹底してメモをとることになる。それだけ価値ある史料なのだ。小説に確実に使える。
 昼食はコーヒースタンドでサンドイッチ・・・って、朝食と同じじゃねえか。朝昼合わせて千円ってとこか。
 夕方、ホテルにチェックインしてから、毎年恒例の「長谷川伸の会」(四谷の弘済会館)へ向かった。
 開会の40分くらい前に到着したのだが、なんと!今年の司会は鳴海風だそうだ。え?おいらじゃねえか!そんなこと聞いてなかった。・・・と今さら言っても仕方がない。すぐに準備開始。
 今年の「長谷川伸の会」は第39回、長谷川伸賞は第37回、池内賞は第32回である。祝辞や祝電、花束贈呈の紹介をするときの、名前の読み方や肩書きを確認しておかなければならなかった。それだけで、もう手一杯で、司会進行のセリフを考えている余裕は全くなかった。結婚披露宴の司会の応用で、なんとかこなしたが、ずいぶん手際の悪い司会であった。長谷川伸賞の挿絵画家、蓬田やすひろ様、池内賞の小山啓子さん、失礼しました。
 その後の懇親会は、司会進行は松岡弘一さんだったので、私は飲んで食べていただけ。有隣堂顧問の九里(くのり)さん、新鷹会とのお付き合いが長かった大坂峯子さん、谷田匡さん、坂部士郎さんと知り合いになれた。桃園書房の小林一正編集長とも1年ぶり。今回の長谷川伸賞が挿絵画家の蓬田やすひろ様ということで、お仲間の西のぼるさん(私の本の装丁を2度していただいた)がみえていて、久しぶりにお会いできた。
 会が終わったあと、若干名の仲間と2次会へ行き、その後、貴族へも行かず、ホテルへまっすぐ帰った。
 で、今朝は8時起床。シャワーを浴びて、コンビニで買っておいたパンとコーヒーで朝食。さっさとチェックアウトしてから、東京駅へ直行。ここで、昨日予約しておいたレンタカーを借りた。今回はデミオ。例によってナビ付き。
 1ヶ月前の取材のやり直しである。水戸の茨城県立歴史館へ向かった。どんよりした空も前回と同様。
 今度は閲覧室はオープンしていた。さっそくパソコンで閲覧させてもらう古文書を選択。これが1時間以上もかかった。膨大な古文書の中から選ぶのだから。すべてマイクロフィルムかと思ったら、マイクロフィルムから閲覧用の複写本が出来ていた。ここから直接コピーが可能で、1枚20円だと言う。ラッキー!
 しかし、出してもらった史料がたくさんあり、すべて古文書なので、目的の部分を探すのが大変な作業であった。結局、飲まず食わずで2時間半史料とにらめっこした。そのお陰で、ほぼ目的は達成できた。
 帰りの新幹線の時間があるので、係の人に「どうもありがとうございました」もそこそこに、歴史館を後にした。
 常磐自動車道を120km/h でぶっ飛ばした。このままでは、東京駅へ着く前にぶっ倒れそうだったので、途中のパーキングエリアへピットインした。そこで、天ぷらそばを食べ、(今日、笠間神社へ行けたら買う予定だったお土産があったので)買い物をして、再びデミオを飛ばした。ピットインの所要時間は8分である。
 順調に首都高速まで来たが、今回は、首都高速は大渋滞で、指定席をとっていたひかりには乗れなかった。
 1時間後のひかりに乗って、9時半に帰宅した。ワイフは迎えには来てくれた。
 夕食後、テレビを観ると、韓国対トルコの試合が終わっていた。そうか。3位決定戦でイルハンと安貞桓(アンジョンファン)の美男対決が実現していたのか・・・。美男対決は2得点したイルハンの勝ち。試合は風さんの予想が外れて、トルコが勝った。3−2の大熱戦だったようだ。

 気まぐれ日記 02年7月へつづく